ロンジン

 

 

11月3日木曜日、中央線の夜です。

 

 

 

 

今日は祝日にも関わらずに早く起きた。

付けっ放しにしていたはずのラジオは消え、セットしておいたはずのアラームは鳴らない。

それでも朝がくれば人間は起きるのだとゆっくり起き上がり、ベランダから覗く何気ない空模様を見てなんとなくホッとする。

 

 

 

 

昨日の夜に作ったひき肉とピーマンを炒めたおかずをレンジで温めて、炊飯器の保温ボタンを押し、中にいる昨夜の米が熱を持つまでにネギを切り、お湯を温め、ネギを入れ、味噌を溶かした。

 

 

 

 

朝食を食べ終わるとマイナンバーを調べ、その4から始まる数字を紙に書いた。別に制度に文句をいうつもりはないけど、マイナンバーという響きがあまり好きではない。子供の頃のサッカー少年団のユニフォームの背番号、22番は好きだった。ソフトボールの背番号8番も好きだった。単車のナンバーに関しては携帯の下4桁にしたぐらいだ。でもマイナンバーは違う。当たり前だけど、欲しかった数字ではない。手に入れた数字じゃない。役にたとうがたたまいが、ただただ与えられた数字でしかない。

 

 

 

 

朝ごはんを食べ終わって間もなく、朝の光がいよいよ晴れだと主張してきた。冬服のセーターを箱からだしてハンガーに通し、竿にぶら下げ日に当てた。次いで洗濯を回し、それが終わるまでの時間に毛布も干した。実家に帰るとき連絡を入れると母親が決まって「じゃあ毛布をほしておくわね」という。その夜のあたたかさがこの一報で担保される。

 

 

 

 

毛布を取り込み、ふと机に目をやるとロンジンの腕時計が目に入る。まき時計式で時間は止まっている。うん十年も前にじいさんが海外で買ってきたものだが、形見分けの時にあなたが使いなさいと僕が貰った。思えばじいさんの最期の日、朝方危篤だと連絡があって東京から茨城へ帰る事になった。東京駅で特急電車の切符を買い、電車が来るまでの間にホームの売店でコーヒーとサンドイッチを買った。店から出ておつりをしまうとポケットの携帯が鳴って、ラインで姉から一言「おじいちゃん死んじゃった」とあった。袋に入ったカツサンドを見てものすごく腹立たしくなり、こんな時にそんなものを買う自分がとても怖かった。

 

 

 

 

 

車窓から山々を見て帰った。とてもいい天気で切なくなった。駅まで従兄弟が迎えに来てくれていたからその車に乗って施設へ向かった。道中、何気ない会話をした。どこで働いてるのとか、そんな感じだ。

 

 

 

 

 

施設につくとじいさんがいた。親父と母、従兄弟の妹。「いまお風呂に入ったんよ。ほら、唇がピンク色」声をかければ笑ってくれそうだった。実家に戻り、葬儀屋が来て棺桶に入ったじいさんを茶の間に届けてくれた。台所ではばあさんが忙しくなにかを作っていて、それを見る僕を見る母が「なにかしてたほうがいいのよ」と言った。

 

 

 

 

夜はじいさんの話をして、そういえば電車が好きだったねという話になった。電車というか汽車というか、小さい頃にSLが走るのを一緒に見に行ったのを覚えている。無口な人だったけど、汽車の話になると身振り手振り楽しそうに話した。その晩というか明け方というか、僕はSLの絵を紙に描いて翌日の最期のお別れの時に棺に入れてもらった。

 

 

 

 

 

腕時計の話から逸れてしまった。そのロンジンの時計はベルトがボロボロでしばらく使わずにいたのだけれど、机の上になんとなく置いていた。これは今日直そうと思い立ち、ポケットにしまうとホームセンターに向かった。ベルトの棚に行き、幅を調べてそれに合うベルトを買った。家に戻りさっそくベルトをつけると新品同様のようになった。ネジを巻き、しばらく止まっていた時間がまた動き出した。

 

 

 

 

それから八王子に向かい、友人が個展をやっているカフェリンというお店に行くことに。北口を出て15分ほど歩くと小さな洒落たビルの一階に看板が出ていた。昼時、祝日という事もあり、店内は満席。空くにはまだ時間がかかるという。「じゃあまた来ます」と行ってお店を出ると店員さんが走ってきて「おくこちゃんのお知り合い?」と聞く。別にそれで状況が変わるわけではないので、頷いて「一周してまた来ますよ」と念を押した。実際知らない街を歩くのは楽しいから不都合に見える好都合でもあった。

 

 

 

 

先の通りに出て角を曲がる。八王子文化会館という大きめの建物に入る。九割方ご老人で、どうやら合唱かなにかのコンサートが始まるようだった。ツアコンの旗持ちのような若い人が先導を切り、地下のホールのような場所へと向かっていった。ちらと見てどう見ても入れない様子なので引き返すと、対から来たマダムが僕がたったいま拾った真珠のイヤリングを探している。一言感謝されて外に出た。

 

 

 

 

僕は館内に入ると東西南北がエラーを起こすように設定されて生まれてきたようである。もうどこから来てどこに出たかがわからない。とりあえず歩くことにして、角を幾つか曲がると銭湯を見つけた。銭湯の前には木製のベンチがある。おじいさん二人が仲良く座って満席だった。そこへまたもうひとり自転車でおじいさんがやってきて向かいの腰掛に座る。のれんはまだ裏返しで開くのは2時と書いてある。時計を見ると1時半。一番風呂が好きなんだろう。なんだか楽しそうに話していた。隣にはコインランドリーがあって、店の前に喫煙所があった。タバコを一本吸って、向かいの通りを見ると小さな洒落たビルがある。一階には看板が出ており、カフェリンと書いてあった。

 

 

 

 

先ほどとは打って変わって店内は空いて静かになっていた。「さっきはごめんなさいね」と感じのいい店主らしき人が声を掛けてくれた。深煎りのコーヒーを頼んで、それがくるまで歩き回っておくちゃんの絵を見た。この時間で正解だった。絵がゆっくり見れる。おくちゃんは小柄だけど自分の何倍もある大きな模造紙に絵を描く。大きさにはよらないと思うけど、絵には放つ力があって例えば美術館に行くと半分も見ないうちに疲れてしまう。と同時に力も貰っているのだけど。今回はとてもストレートに体が反応して鼻血が出てきた。先日会った時に人を描くのはどうだろうなんて悩んでいたけれど思いっきり人を描いていてなんだか嬉しくなった。コーヒーも美味しくて音楽も心地よい。おそらく憂歌団の「嫌になった」がアレンジで流れていてこの空間がより好きになった。

 

 

 

 

 

それから電車に乗って少し本を読み、少し眠って、しばらく考え事をした。国分寺で降りるところを東京駅まで行って、そのまま折り返してしばらく電車に揺られていた。動いている場所のほうが頭も連動して働いてくれるときもある。でもこんな事は普段はしないものだから、あるいはじいさんの仕業かもしれないとロンジンを見て思った。

 

 

 

 

 

おやすみ日本

 

 

 

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暖儚

 

11月2日、日付は変わって午前二時を過ぎた日本の夜です。

 

あんなにポカポカしていた春が過ぎ、あんなにヒートアップしていた夏が過ぎ、季節は秋に入りました。

 

時折吹く北風が秋の出口に向かうような、冬の入り口を探すような、そんな季節になりました。

 

日が落ちると昼より一層あたたかいものを求めるところに、「はいココですよ。ここにありますよ」と自動販売機が声を掛ける。

 

手よりもあたたかい缶に触れ、ほんの少し体をあたため、かと思うと立ち所に体から抜けて行く。

 

我々の体は、常に網戸の、閉めきれない部屋のようだ。

 

 

おやすみ日本

 

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書籍のお仕事

 

 

 

 

 

 

 

 

9月6日火曜日。寺尾聡の夜です。

 

 

最近帰る前にスーパーに寄り、ルビーを一つ買う癖が付いた。

というのも、こんな経緯があったのだ。話半分で聞いてもらいたい。

 

 

ある夜、小銭を数えていた。部屋の中にはテーブルが二つあって、玄関に近い方の机には電子レンジ、オーブン、コーヒーの粉や払込用紙が置いてある。もう一つのテーブルは今こうしてキーボードを打ったり叩いたり投げ飛ばしたりする、いわばテーブルというよりかは、デスクといったものだろう。

 

 

そんな事はどうでもいいから小銭を数えていてどうなったのか早く続きを話したまえと声が聞こえる。

 

 

そう、テーブルで小銭を数えていたのです。そもそもがそのテーブルの上に、鍋を食べる時に使う取り分け皿くらいの大きさの碗があり、そこにタバコの釣り、ビールの釣り、ポテチの釣り、コーラの釣りを投げ入れていたのだ。だいぶ山になってきたなと気になっていたので、そろそろ数えてみようとつまみ始めたところ、およそ千円分の10円玉、5円玉、1円玉が入っていた。それを綺麗に100円ずつ積むと、その日は満足してそれで寝てしまった。

 

 

翌朝起きると、積まれた小銭がこっちを見ている。わけではないんだが、とにかく目に入るわけだ。小銭に見られるのもどこか落ち着かない。また碗の中に戻してしまえばいいのかもしれない。しかし、せっかく数えて小まめに積んだ小銭をそのまま戻してしまうんでは、最初から何もしなかったのと同じではないかというので、生産性の観点からこれはいただけないと背後霊が耳をつねる。ではと自分の財布を開くと、ひとかたまりだけ(110円)掴んで中に放り入れた。すると通常の思考回路の本線に一台のセルシオが入ってきた。運転席の窓が開く。「この金で1日過ごしてみろよ」こうして私の1日所持金110円生活は幕を開けた。

 

 

1日に110円しか使えないとなると、一定のものをあきらめるようになる。まず朝の缶コーヒー。自転車の駐輪場。昼の冷やしそば。夕方の缶コーヒー。…私の一定はこの四つである。という事は、なんら難しくないのである。自転車は無料駐輪場に置き、飲み物は麦茶を水筒に入れて持参、弁当持参、これでしまいである。別に110円あるので、缶コーヒーも買えなくはない。買えなくはないのだが、今日はこれしか使えませんというものを今日が始まった瞬間に使ってしまっては、残りの今日に申し訳が立たない。1日仕事を終え、さぁ最後に何を買おうかと意気揚々に110円で買えるものを選びたいではないか。

 

 

まあ別にそんな事もないのだがどういうわけだが心がそうと決めたようで、冒頭のルビーを買うに至ったわけである。

ルビーは98円。税込で105円。110円でもおつりがくるとは恐れ入ったね!しかしその輝きはまさに、宝石のようであったとさ。

 

 

なんていってる場合じゃないんだ。

 


 

 

書籍の装画のお仕事をしました。

 

リチャード・スティーヴンズ著/藤井留美訳

 

悪癖の科学 その隠れた効用をめぐる冒険(紀伊国屋書店発刊)

 

心理学の本ですが、セックス、酒、悪態等、キャッチーな題材を元にした実験の数々は雑学本としても楽しめると思います。

世間が眉を潜めるような行動も、実は効用があるのかも?答えはこの本の中です。

 

110円しか持ち歩かないのにもルビーを買うのにも何か心理的要因があるのかもしれないですね。

 

私は表紙と中の扉絵(一コマ漫画)を章ごとに描いています。装幀・組版はdesmoの後田泰輔さんです。

 

書店でお見かけの際は是非手にとってご覧くださいませ。

 

 

悪癖の科学-その隠れた効用をめぐる実験-リチャード・スティーヴンズ

 

 

 

おやすみ日本

 

 

 

 

 

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