選挙とクロックムッシュ

10月22日(日)、ドリエルの夜です。

 

 

 

今朝は早く起きました。昨夜遅くに何となく白雪姫殺人事件(映画)が見たくなったものの、布団に入ってから再生と同時に眠りに落ち、起きたら朝になっていました。巷で噂される「スマホのブルーライトが睡眠を妨げる」という説をひっくり返す毒リンゴの夜だったわけです。朝には毒もすっかり抜けて勢いよくカーテンを開けると前の駐車場に二つ三つ、四つとできた水たまりがピシャピシャと弾んでいます。台風のプロローグを目前にし、どうやら大荒れになるという明日の前に選挙の投票を済ませてしまう事にしました。

 

 

 

 

とりあえず溜まった洗濯を二回まわし、スパゲティを茹で、Twitterを書いてシャワーを浴びたらなんだかんだでお昼過ぎ。投票用紙をポッケに入れて外に出ました。投票所までは徒歩で約30分ほどかかります。雨は強くはなかったけれど、ミストのように舞っているので高津のシンカーのように傘だけ避けて体に当たってきます。これで傘に役立たずというのは筋が違うので、甘んじて受け入れ、着く頃にはコートの色が2トーンほど暗くなっていました。

 

 

 

 

会場には長蛇の列ができており、最後尾には最後尾と書かれたプラカードを高々と掲げたお兄さんの姿。もはやiPhone8の比ではありません。投票までどれくらい時間がかかるものだろうかと時計を見ておきました。投票場所は会場の4階にあります。ゆっくりと列は進み、外から館内、館内の階段に誘導され、一段二段と蛇が塒を巻きながらゆっくりと上がっていきます。ファストパスでもあれば取っておいたものですが、生憎そんなものはありません。まあでも、なんだかんだラジオを聴きながら時間の制約以外には特に苦もなく、4階の受付に着きました。ここまでで約一時間。投票に2分。この配分は病院さながらでしょう。出口調査をスルーして帰路につきました。

 

 

 

 

家に着くとポケットからクロックムッシュを取り出しました。ん?クロックムッシュ?いつどこで?

というわけで、ここからはムッシュ編です。

 

 

 

僕の家から小平の投票所まではほぼ一直線なのですが、その直線上にとあるパン屋があります。とても小さなパン屋で一年ほど前になんとなく入って買ってみたのですが、まあこれが大当たり。以来、この道を通る時は必ずと言っていいほど寄るようになりました。しかし今日は店の近くまで来て、ある違和感に気付きました。立て看板が出ていないのです。日曜日は休日だと知っていますが、今日は土曜日。お店の前まで来ると、今度は恐怖にも似た違和感が襲います。休日でもあるはずの看板がないのです。これは事ですよ。

 

 

 

あんなにおいしいパン屋がおわるわけがないという気持ちと、おいしくてもおわってしまったお店をいくつも見てきた経験とが交錯する中、おそるおそるスマホを取り出すと「ハナサクベーカリー」と検索。すると関連ワードに「休業」と「移転」が出てきました。幸い「閉店」という文字は見当たらず、しかしどちらにせよ今日買える確率はグンと減ったところでまずは「休業」を調べると「怪我の為に休業します」と出てきました。しかし日付を見る限り、休業後に行った覚えがあるのでこちらはパス。ということは移転です。思わずため息が出ました。

 

 

 

というのも、前々からこのお店は割とパン好きの間では有名だったみたいで、レビューには「都心にあってもおかしくない」みたいな余計な事を書いている方もいたので、「ああ、ついにか…」と思いながら猿みたいな顔して「移転」をタップ。束の間の読み込みの間、青山?丸の内?もう知らない!どこにでも行っちゃいなさいよ!と感情が破綻する32歳。すると読み込まれた画面にはなんと、新住所小平市〜という神々しい文字。即座にGoogleマップに住所をコピー、チンパンジーみたいな顔して検索をタップ。間もなく現在地の目とハナの先に赤いピンが現れました。距離にして約100メートル。カールルイスみたいな顔して新店舗に向かいました。

 

 

 

というわけで、無事に買えたクロックムッシュ。少しトースターで焼いて、コーヒーも淹れて、美味しい夕暮れを過ごしました。その代償と言ってはなんですが、カフェインのせいでどうも眠れない。元々効きやすいタイプでもあるのです。気が付いたらもう真夜中。でも大丈夫。なんの心配もいりません。こういう時の対処法を、僕は昨夜発見したわけですから。

 

 

 

おやすみ日本

 

 

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君の名は

10月12日、木曜日。西郷隆盛の夜です。

 

 

 

荒木町で開催していた個展【47JAPANTOUR】本日無事に終了しました。お越しいただいた皆様に心より感謝申し上げます。

しかしなんでしょう、トークショーも大雨、千秋楽の今日も帰り際にザーッと降られて本当にもう私の雨男ぶり‥え?なんですか、約1年ぶりにブログを更新したかと思ったら、個展が始まるお知らせではなくて終了のお知らせですかと。それも当たり前のようにいつものテンションでいけしゃあしゃあとタイピングしよってからにと、そんな声が二つ三つ聞こえてきました。明日にはポストにお便りも入っている事でしょう。君は一体何を考えているんだね?と。

 

 

 

そんなアナタに私は問いたい。

 

 

 

「あなたは今、何を考えていますか」と。

 

 

 

世の中は1日眠るごとに便利になっていき、科学の発展は目を見張るものがある昨今です。SNSツールによって自己発信の場は一昔前と比べて飛躍的に増え、またその利便性も向上の一途を辿るばかり。全ての人間が好きな時間に不特定多数の人間(フォロワー)とコミュニケーションが可能になり、精神的、または金銭的、はたまた肉体的な恩恵を受けるまでになっています。

 

 

 

 

しかしその一方で、不特定多数の顔も名も知らぬ人々から誹謗中傷を受け、言葉の暴力が後を絶たないもの事実。個人的な正義を振りかざされては、首をすっぱねられた人々が嵐の去った後の通りの傘のように横たわっている始末です。

 

 

 

 

それで何が言いたいかというとですね、別に何が言いたいわけでもないんです。ただ、私にとってこの場は公的なものであるにも関わらず、唯一「わがまま」もとい「我がまま」でありたいと言いたい。わざわざここに足を運んでくれた人は、ここで私の我がままを知ることになると思います。それは言うなれば、完膚なきまでにこの場所では主導権が私にあるからです。それがこの、おやすみ日本です。そうなんでしょうか。

 

 

 

 

私はさきほど、「あなたは今、何を考えていますか」と問いました。例えばその考えている事を何かの形で発信しようとしている時に、「ちゃんと書こう」と考え直してはいないでしょうか。人に伝わるようにだとか、わかりやすくだとか、それは本来人間の持つ気遣い、善の行動です。極めて道徳的というものでもなく、当たり前の事なんです。それはなぜかというとそこが伝える場であるからです。ニュースキャスターが原稿をきっちり読むのと一緒です。ただあらゆる場において、そんな事ばかりしていても疲れます。もちろん、そうでもないという人もいるでしょう。でも私は疲れます。もう三日三晩起き上がれないくらい疲れてしまうのです。

 

 

 

 

ですから、私のような人間には「伝えない場」というものが必要なのです。伝えないけれど公的な場で発信するし見てくれるなら見て欲しい。ここにわがままが集約されるわけです。私はこの場では自由なのです。30行「おっぱい」とだけ書いてもいいんです。それくらい伝わらなくていいと思っております。しかし、文章というのはその構成上、どんなにわけのわからない事を書いてもわけのわからないという事だけは伝わるのです。それくらい洗練されたツールなのです。だからこそ全ての人間が使うわけです。そして人間には想像力が必要以上にあるので「おっぱい」の行間からファンタジーを抽出する人間も出てくるのです。

 

 

 

 

 

 

そのうち面白いことがわかってきます。

それは、伝えない場を作ってまで自分が伝えたい事があるんだという事。意外と本質かもしれません。

実は伝えたい場であるというマジックを自分で仕掛けて暴くんですね。

 

 

 

 

さて、今日はウィスキーを70杯飲んでいるんです。

そろそろ眠くなってきたので寝ますね。

大きなぬいぐるみが欲しい。

 

 

 

 

おやすみ日本。

 

 

 

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ロンジン

 

 

11月3日木曜日、中央線の夜です。

 

 

 

 

今日は祝日にも関わらずに早く起きた。

付けっ放しにしていたはずのラジオは消え、セットしておいたはずのアラームは鳴らない。

それでも朝がくれば人間は起きるのだとゆっくり起き上がり、ベランダから覗く何気ない空模様を見てなんとなくホッとする。

 

 

 

 

昨日の夜に作ったひき肉とピーマンを炒めたおかずをレンジで温めて、炊飯器の保温ボタンを押し、中にいる昨夜の米が熱を持つまでにネギを切り、お湯を温め、ネギを入れ、味噌を溶かした。

 

 

 

 

朝食を食べ終わるとマイナンバーを調べ、その4から始まる数字を紙に書いた。別に制度に文句をいうつもりはないけど、マイナンバーという響きがあまり好きではない。子供の頃のサッカー少年団のユニフォームの背番号、22番は好きだった。ソフトボールの背番号8番も好きだった。単車のナンバーに関しては携帯の下4桁にしたぐらいだ。でもマイナンバーは違う。当たり前だけど、欲しかった数字ではない。手に入れた数字じゃない。役にたとうがたたまいが、ただただ与えられた数字でしかない。

 

 

 

 

朝ごはんを食べ終わって間もなく、朝の光がいよいよ晴れだと主張してきた。冬服のセーターを箱からだしてハンガーに通し、竿にぶら下げ日に当てた。次いで洗濯を回し、それが終わるまでの時間に毛布も干した。実家に帰るとき連絡を入れると母親が決まって「じゃあ毛布をほしておくわね」という。その夜のあたたかさがこの一報で担保される。

 

 

 

 

毛布を取り込み、ふと机に目をやるとロンジンの腕時計が目に入る。まき時計式で時間は止まっている。うん十年も前にじいさんが海外で買ってきたものだが、形見分けの時にあなたが使いなさいと僕が貰った。思えばじいさんの最期の日、朝方危篤だと連絡があって東京から茨城へ帰る事になった。東京駅で特急電車の切符を買い、電車が来るまでの間にホームの売店でコーヒーとサンドイッチを買った。店から出ておつりをしまうとポケットの携帯が鳴って、ラインで姉から一言「おじいちゃん死んじゃった」とあった。袋に入ったカツサンドを見てものすごく腹立たしくなり、こんな時にそんなものを買う自分がとても怖かった。

 

 

 

 

 

車窓から山々を見て帰った。とてもいい天気で切なくなった。駅まで従兄弟が迎えに来てくれていたからその車に乗って施設へ向かった。道中、何気ない会話をした。どこで働いてるのとか、そんな感じだ。

 

 

 

 

 

施設につくとじいさんがいた。親父と母、従兄弟の妹。「いまお風呂に入ったんよ。ほら、唇がピンク色」声をかければ笑ってくれそうだった。実家に戻り、葬儀屋が来て棺桶に入ったじいさんを茶の間に届けてくれた。台所ではばあさんが忙しくなにかを作っていて、それを見る僕を見る母が「なにかしてたほうがいいのよ」と言った。

 

 

 

 

夜はじいさんの話をして、そういえば電車が好きだったねという話になった。電車というか汽車というか、小さい頃にSLが走るのを一緒に見に行ったのを覚えている。無口な人だったけど、汽車の話になると身振り手振り楽しそうに話した。その晩というか明け方というか、僕はSLの絵を紙に描いて翌日の最期のお別れの時に棺に入れてもらった。

 

 

 

 

 

腕時計の話から逸れてしまった。そのロンジンの時計はベルトがボロボロでしばらく使わずにいたのだけれど、机の上になんとなく置いていた。これは今日直そうと思い立ち、ポケットにしまうとホームセンターに向かった。ベルトの棚に行き、幅を調べてそれに合うベルトを買った。家に戻りさっそくベルトをつけると新品同様のようになった。ネジを巻き、しばらく止まっていた時間がまた動き出した。

 

 

 

 

それから八王子に向かい、友人が個展をやっているカフェリンというお店に行くことに。北口を出て15分ほど歩くと小さな洒落たビルの一階に看板が出ていた。昼時、祝日という事もあり、店内は満席。空くにはまだ時間がかかるという。「じゃあまた来ます」と行ってお店を出ると店員さんが走ってきて「おくこちゃんのお知り合い?」と聞く。別にそれで状況が変わるわけではないので、頷いて「一周してまた来ますよ」と念を押した。実際知らない街を歩くのは楽しいから不都合に見える好都合でもあった。

 

 

 

 

先の通りに出て角を曲がる。八王子文化会館という大きめの建物に入る。九割方ご老人で、どうやら合唱かなにかのコンサートが始まるようだった。ツアコンの旗持ちのような若い人が先導を切り、地下のホールのような場所へと向かっていった。ちらと見てどう見ても入れない様子なので引き返すと、対から来たマダムが僕がたったいま拾った真珠のイヤリングを探している。一言感謝されて外に出た。

 

 

 

 

僕は館内に入ると東西南北がエラーを起こすように設定されて生まれてきたようである。もうどこから来てどこに出たかがわからない。とりあえず歩くことにして、角を幾つか曲がると銭湯を見つけた。銭湯の前には木製のベンチがある。おじいさん二人が仲良く座って満席だった。そこへまたもうひとり自転車でおじいさんがやってきて向かいの腰掛に座る。のれんはまだ裏返しで開くのは2時と書いてある。時計を見ると1時半。一番風呂が好きなんだろう。なんだか楽しそうに話していた。隣にはコインランドリーがあって、店の前に喫煙所があった。タバコを一本吸って、向かいの通りを見ると小さな洒落たビルがある。一階には看板が出ており、カフェリンと書いてあった。

 

 

 

 

先ほどとは打って変わって店内は空いて静かになっていた。「さっきはごめんなさいね」と感じのいい店主らしき人が声を掛けてくれた。深煎りのコーヒーを頼んで、それがくるまで歩き回っておくちゃんの絵を見た。この時間で正解だった。絵がゆっくり見れる。おくちゃんは小柄だけど自分の何倍もある大きな模造紙に絵を描く。大きさにはよらないと思うけど、絵には放つ力があって例えば美術館に行くと半分も見ないうちに疲れてしまう。と同時に力も貰っているのだけど。今回はとてもストレートに体が反応して鼻血が出てきた。先日会った時に人を描くのはどうだろうなんて悩んでいたけれど思いっきり人を描いていてなんだか嬉しくなった。コーヒーも美味しくて音楽も心地よい。おそらく憂歌団の「嫌になった」がアレンジで流れていてこの空間がより好きになった。

 

 

 

 

 

それから電車に乗って少し本を読み、少し眠って、しばらく考え事をした。国分寺で降りるところを東京駅まで行って、そのまま折り返してしばらく電車に揺られていた。動いている場所のほうが頭も連動して働いてくれるときもある。でもこんな事は普段はしないものだから、あるいはじいさんの仕業かもしれないとロンジンを見て思った。

 

 

 

 

 

おやすみ日本

 

 

 

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