米が炊けるまでの話
創造力

6月11日(火)、 天空の花嫁の夜です

 

 

今日は新しいiMacが届きました。27インチdisplay、画面の大きなiMacです。

旧iMacが2013年モデルですから、6年ほど使っての買い替えになりました。

 

 

6年前というと、私は何をしていたんでしょうか。これは忘れもしませんね。

 

 

私は6年前の今日、アメリカ西海岸の砂浜を泥まみれのビームスのセットアップに

破れたコンバースをつっかけ、記憶を全て引き波に持ち去られた後でフラフラと歩いているところを

ジョン・アーヴィングという名の作家のような顔をした男に発見されたのです。

彼は後年、私にこう言いました。

 

 

 

「私が見つけるのが1日でも遅ければ、君はピギースニードと同じ運命を辿ることになるところだったンゴ」

 

 

 

それはさておき、新しいiMacにした事で旧iMacからデータを転送しなくてはいけなくなりました。

しかしこの文明の国にあって、そのような作業は手首のスナップとほんの少しのモチベーションで解決してしまうわけです。

そうしてなんちゃらギガバイトの大群も、僅か数十分で新iMacへと転送されました。

 

 

 

そのデータの中にはもちろん6年前のjpg、PSD、aiデータもあるわけですが、彼らはいたって優秀です。

ただあるべき場所に、あるべき姿で存在しているのです。私が手を加えない限りそのデータはそのデータであり続ける。

6年前の創造を細部までしっかり覚えて保存しているわけです。

 

 

 

その反面、データというものは人間の記憶よりも一瞬で消える事もあります。

誰しも一回くらいドラゴンクエスティーナのデータが消えた事があるはずです。

ビアンカと結婚したのに、イオナズンを覚えたのに、後はエスタークだけなのに。

無慈悲に何事もなかったかのように消えるのです。人間のように、デタラメや嘘がつけない。

 

 

 

不確かな記憶の淵に創造というものは発生したりするわけですから、

不確かな記憶を持たないデータには創造性がないのです。

創造を記憶するものがデータなのですから、それは当たり前のことです。

 

 

 

しかし、果たして人間の創造というものは完璧にデータ化できるものなのでしょうか。

私はデータに影響を及ぼす創造というものがあってもいいような気がするわけです。

 

 

 

膨大ななんちゃらギガバイト、テラバイトのうちのたった一つの2.7メガバイトのPSDデータが

自らの意思で彩度を上げるような事象を、わたしはどこかで怯えつつ、期待しつつ、

それもまた一つの創造力の可能性として信じたいのです。

 

 

今夜は米を炊いておりませんが、炊飯器を開けたらふっくらと米が炊きあがっている事を信じたいのです。

 

 

 

おやすみ日本

 

 

 

 

 

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たまには

3月26日(火)、AGFの夜です。

 

 

だいたいこのブログは米を研いで、それが炊き上がるまでに書くという事にしている。

だからといって、炊き上がるまでに書かなければ死んでしまうというような、

そういう悲しい契約を悪魔と結んでいるわけではないのだから、たまにはなんの制約もなく、

際限なく自由奔放に好きな時間に更新してもいいではないか。

 

時計の針は、3時46分である。せっかく3月26日なのだから、3時26分に書き始めたかったな。

 

と、まあ夜中だからそういうくだらない反発やら欲を持ってこの記事を書いている。

 

 

右に20度ほど視線をそらせば、冷めたコーヒーが視界に入る。

さっきまでは熱いコーヒーだった。

なんだ君、つまりはカフェインをこんな時間に摂取したが為にただ寝れなくなっているだけではないか、

と言われればそれまでである。

 

 

だけれども、まあそういうわけで布団に入ればそれまでである、というわけにはいかないのである。

あんまりいつまでもいつも眠いと腹が立つが、一旦こうして然るべき時に睡魔に距離を置かれるとそれはそれでツライものだ。

今頃私の睡魔はコンビニで雑誌を読んだり、外で缶コーヒーを飲んだりしているのだろうか。

 

 

いやいやいや、睡魔に缶コーヒーなんて飲まれたら私はいつ眠れるのだ。

まあしかし、そんなものは杞憂なのだ。現にもう少し眠くなってきた。

そろそろ帰ってくるようだ。

もう33年の付き合いなのだから、心を察して缶ビールでも一つ買ってきてくれれば寝つきもいいかもしれない。

 

 

だが睡魔からしたら、そんなものは必要ないことこの上ない話であって。

つべこべ言わずに眠れと私の身体に入ってくる。

 

 

あぁ、もういよいよ眠い。さようなら2019年3月25日。

 

 

 

人はいつだって悪魔を内に秘めて眠るのだ。

 

 

 

おやすみ日本

 

 

 

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変身

1月31日(木)、山下達郎の夜です。

 

 

 

ヤフーのトップページを見る限り、今夜は雪のようです。

しかし、今こうして部屋で耳を澄ます限り、向かいの一軒家のトタンを打つ雨音が聞こえる。

これから夜更け過ぎに、かの名曲のように雪へと変わるのでしょうか。

 

 

 

私たちは大人になると、雪への態度を一変します。

それは、雪が降ることによってセットで付いてくるものが、

およそそのまま生活に負の影響を及ぼしてしまうからなのでしょう。

 

 

 

都会を例にとれば、あの一粒一粒、あってないような白い結晶が一晩中音もなく降るだけで

ひと車両に2〜300人乗ってもスイスイと走る電車を止めるわけですから。

 

 

 

カーテンを開けて一面に広がる白銀の世界に胸を踊らせるのは、

子供の特権なのかもしれません。

ただまあ、そうも言いきれませんよ。

いや、そうも言いきれませんよって、あんたが言い出したんじゃないかってね。

 

 

 

 

雪はおそらくこの先100年後も白く、儚く、音もなく、空からハラハラと舞ってくるのでしょう。

その間にも科学技術は発展し続けていくわけですから、その技術の進歩次第では、この先雪との関わり方も、

今では想像がつかないような関係性になっているかもしれませんね。

 

 

 

 

と、ここまで冬っぽい話をしてきたわけですが、先日ハワイ土産をもらいました。

コナコーヒーバターという、それはそれは現地で大変な人気のあるという

お土産ナンバーワンの代物なんだそうです。

 

 

 

コーヒーに入れるとまろやかなカフェラテのようになるというので、

さっそくセブンイレブンでコーヒーを買ってきまして、スプーン一杯ほどバターをすくうと、

中にチャポンと入れてみました。が、これがなかなか溶けない。なんなら油ですから分離してしまう。

スプーンでくるくると渦を作ると、小さなバターの欠片がスノードームのように舞いました。

 

 

 

雪へと変わるのは、なにも雨に限ったことではないのかもしれません。

 

 

 

米が炊けました。今日はネギと大根のお味噌汁に餃子を入れました。

今から卵を落としてもうひと煮立ち。

 

 

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火曜日はダメ

1月29日(火)、体脂肪率16%の夜です。

 

 

今夜はおそらく、あまり時間がありません。先ほどまで炒め物を作っていました。

私の唯一作る、酒のつまみとでもいいましょうか。

 

 

炊飯のボタンを押し、それから食材を切り、一頻り炒め、タバコを一本吸い、今こうして書いています。

今にもピピピと、米が炊けるかもしれません。

 

 

今日は健康診断でした。

診察の手順は運転免許の更新に似ていますね。Aが終わったらBへ、Bが終わったらCへ。

流れるように血圧、身長、体重、採血、視力検査に聴力検査、心電図と回り、

最後にレントゲンをとって30分程で終わりました。

 

 

というわけで、昨晩の21時を過ぎてからじゃがりこ一本食べずに、お昼の診察を終えた私。

診察が終わると以前にも登場した例のIさんをランチに誘いました。

 

 

そうです。あのIさんです。あのとはいいつつも、今回もIさんのプライバシーを守る為、素生は明かしません。

Iさんは引き続き、ICPOかもしれませんし、FBIかもしれませんし、CIAかもしれませんね。

 

 

昨年の冬、一人ラーメンを禁止してからというもの、

Iさんとランチに行く時にはほぼ確実にラーメンとなっていましたが、

まあたまには違うものにしようと、カレーを食べる事にしました。

 

 

とあるホテルの二階に、少し前から目を付けていたカレー屋があったので、今日はそこへ行くことに。

なぜか裏口から螺旋階段をくるくると回り、入り口というよりかは通用口から店内へ入りました。

やはりIさんはICPOかも知れないし、FBIかもしれないし、CIAかもしれないのです。

店員のインドの方は私たちを怪しむでもなく、席まで案内してくれました。

 

 

Iさんは日替わりでナンを頼み、私は日替わりでライスを。店員さんがお味噌汁もご自由にどうぞというので、

手の指し示す方向に誘われるがまま席を立つと、小さなテーブルに所せましとお椀が並んでいます。

機械にセットし、ボタンを押すとお味噌汁が出てきました。

セブンイレブンに置いて欲しいなと思いました。

 

 

カレーとお味噌汁、食後にコーヒー。880円。

こうしておよそ17時間ぶりの食事を満喫しました。

とはいいつつも、たいしていつもと変わらない食間な気もします。

 

 

採血もしたので今晩はなんとなく赤ワインでも飲もうかとも思ったのですが、

火曜日なのでやめました。あなたはいつなら、ワインに体を許しますか?

 

 

米が炊けました。今日はアスパラとエリンギ炒めです。

 

 

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ある男

1月28日(月)、SPBSの夜です。

 

 

年も明け、2月が近づいてきました。2019年。始まったら早いものです。

 

 

 

正月は実家に帰りました。

たった1日だったけれど、御雑煮を食べたり、親と酒を飲んだり、姪と歌ったり、甥を抱いたり、

姉にコーヒーを買ってきて貰ったり、それを2口しか飲まなかったり、ばあさまにセーターを貰ったり、

とまあ、濃厚な20数時間を過ごしたわけです。

 

 

 

その20数時間内の5秒を使って親父が言いました。

 

 

「平野啓一郎という作家を知ってるか?」

 

 

私は知りませんでしたが、とにかくお薦めだから読んだらいいというのです。

私は頷き、ストロングチューハイをグイと飲み、

アイフォーンを開いて時間を見ると「じゃあそろそろ行くわ」と家を出ました。

 

 

田舎ですから、駅までは結構距離があるのです。家の前の通りまでタクシーに来てもらいました。

10分程で駅に着くとお金を払い、タクシーを降りました。

しかしこの時、私はうっかりタクシー内に「平野啓一郎」を忘れてしまったのです。

 

 

それから約3週間程経った先日、ふと行きつけの古本屋に入るとお薦めの棚に一際目立つ白い装丁。

手に取ると金で箔押しされた表題には「ある男」そしてその下には著者名、平野啓一郎。

 

 

 

平野啓一郎…?はてどっかで…平野啓一郎…平野啓一郎!ここで親父の言葉を思い出したわけです。

 

 

 

タクシー内に忘れた平野啓一郎という言葉の記憶は、書物となって私の前に現れました。

 

 

 

それから数日経ったまさに今日、午前中に仕事のデータを送ると気分転換に外へ出ました。

仕事上一人でいる時間が長い分、なんとなく雑踏の中へ飛び込んで行く事で気分転換になる気質でもあり、

迷いなく原宿へと向かいました。たくさんの人。たくさんの会話が飛び込んできます。

 

「いちごパフェ二千円だって。高いねぇ」

 

一頻り人ごみに揉まれてから渋谷まで歩き、SPBSへ。

 

 

 

店内をマグロのように回遊して程なく、ふと一冊の雑誌に目が止まりました。

哲学系の雑誌で、創刊とありました。興味が湧き中をパラパラとを捲ると、

 

 

「巻頭特集 平野啓一郎インタビュー」

 

 

写真の中の平野啓一郎が、こちらを見て微笑んでいました。

 

 

 

米が炊けました。

今日は豚汁に卵を落としました。米には鮭フレークをかけようと思います。

 

 

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