米が炊けるまでの話
タリーズ交信

9月25日(水)、話半分の夜です。

 

 

どうも数時間前から人差し指が痛い。

鼻をほじりすぎたのかもしれないと思ったが

私の記憶する限り、この数時間鼻をほじってはいない。

 

 

人差し指にも色々思うところがあるのだろう。

こういうとき、中指が話を聞いてやってくれはしないだろうか。

精神衛生を健やかに保つには聞き役が必要である。

 

 

今夜は週刊誌の連載のネタを考えに駅前のコーヒー屋に行ってきた。

ネタの9割はタリーズコーヒーかサンマルクカフェで生まれる。

つまりそれはどういうことかというと、ソイラテを飲むとネタが思いつくということだ。

 

 

碾法△修譴呂舛うよ。とどこからともなく聞こえてくるような気がしないでもないが、

その場にはそれに見合ったテンションが待ち構えているものなのだ。

 

 

周りには一生懸命受験勉強に励む学生、

ひたすらスマホでゲームをする25歳、

なんとなくマックブックを開いているサラリーマン、

三浦しをんを読む32歳、

ポケモンGOと彼氏の話で盛り上がる女子大生

 

 

これらは一つも私の部屋にはなく、

逆にいうとこれらすべてがあるのがタリーズコーヒーである。

 

 

この空間に身を投じることで私の頭は回転を始め、

ソイラテを頼むことによってネタを作り上げるエネルギーが生まれる。

タリーズコーヒーとは実はエネルギー生産工場である。

 

 

また、私がソイラテを頼むのは何も自分のためだけではない。

同じ空間にいるものは無意識に互いに影響しあうもの。

だから私は私で他の人たちのテンションに必要な要素であり、エネルギーの一部なのだ。

 

 

では私がソイラテを頼み、その場でネタを考えることによって一体何が起きるのか。

 

 

 

受験勉強に励む学生は新しい英単語を覚え

ひたすらスマホでゲームをする25歳は昨日喧嘩した恋人にラインを送信

なんとなくマックブックを開いているサラリーマンはいい企画案が閃き

三浦しをんを読む32歳は原田マハを読んでみようと思いつく

ポケモンGOと彼氏の話で盛り上がる女子大生はつかみ合いの喧嘩に発展

 

 

このようなことは私がソイラテを頼まない限り、決して起こらない。

わたしたちはこの空間において図らずもエネルギーを共有し、

互いに各々のパフォーマンスを強化するいわば拡張機能として作用し合っている。

 

 

そういうわけで、帰り際に店員さんが「ありがとうございました」と笑顔で送り出してくれるが、

本当のところ礼をいうのは私たちなのである。

 

 

ありがとう、タリーズコーヒー。

 

 

おやすみ日本

 

 

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名無しの1500マイル

9月23日(月)、シベリアンハスキーの夜です。

 

 

敬老の日の夕方16時、母親から電話があった。

あちらからかけているのに怪訝そうな声である。

 

 

私は母親からの電話には大体嘘をつく。

いつからかは忘れたけれど、普通の会話をしていても

身体の具合はどうなんだ、金や米はあるのかとつまらないので

あほみたいな事を言って笑わせようということになった。

 

 

だからどこにいるんだと聞かれたらパリと答え、

何を食べているんだと聞かれたらバラの煮浸しだと答え、

金はいくらあるんだと聞かれたら香港に100万ドルあると答える。

 

 

今こうして書き起こしてみると恥ずかしいほどつまらないのだが、

このせいぜい二、三分のやりとりに母親はとりあえず笑う。

 

 

そんな母親の怪訝そうな声がこう話し出した。

 

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだけれどもね、あんた、何かうちに送ったりしてないよね?」

 

 

その後の内容はこうである。

 

 

午前中にアマゾンからとある荷物が届いた。

包装紙に「ありがとう」と書かれてある。

しかし差出人は不明であると共に、宛名の母親の名前(漢字)が間違っている。

なんだかこわくて開けられない。

 

今日は敬老の日だから誰かが好意で贈ってくれたものかもしれない。

しかし、一体誰なのだ。

家族が私の名前を間違えるはずはないからよその人だろう。

 

 

だがよその人から敬老の日に「ありがとう」とメッセージ付きのプレゼントをもらうほど

私はなにか親切をした覚えがない。

とりあえず心当たりがないにしろ、もしかしたらの人に連絡を取ってみよう。

ここも違う。ここも違う。ここも違う。

 

 

あぁ夕方になってしまった。とりあえずあいつにも確認してみよう。。

 

 

ということで、私にかかってきた。そう、真犯人の私に。

 

 

敬老の日の前日、新宿に行くまでの中央線の中でアマゾンにアクセスし、

商品を選び、送り先の住所を入れ、名前を入れた。

よく確認せずに最初に変換された漢字のまま、私は決定ボタンを押し、

その後ラインをタップ。

 

 

「ばあさんと仲良く食べてください」と打とう思ったのだが

なんとなくまあいいやとそのまま閉じた。

 

 

差出人を見れば意図がわかるだろうと思っていたのだが、

まさか設定しないと相手側に私の名前が表示されないとは知らなかった。

 

 

謎の解けた母親はほっとしたような声に戻ったが

名前を間違えられたのが腹に据えかねたらしい。

一言「バーカ」と言われて電話が切れた。

 

 

敬老の日、アマゾンも困惑する親子のやりとりである。

 

 

そしてハッと思った。

今こそ嘘をつけばよかったと。

 

 

 

おやすみ日本

 

 

 

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カカトオキシトシン

9月21日(土)、ウッチャンナンチャンの夜です。

 

 

8月の暮れ、自転車走行中にバランスを崩し、

転ぶものかと踏ん張ったところ足の踵をひどく打った。

コンクリートに思い切りかかと落としをしたようなものだ。

これが痛いのなんの。

 

 

 

すぐに湿布を買って貼り付けたが

一週間ほど経っても痛みが引かず、

むしろまともに歩けないほどになった。

 

 

私はイラストレーターなので仕事の大半は自宅でできる。

しかしこう言う時に限って出歩く用事があったりなんかして、

ひぃひぃ言いながら三日連続で新宿に出向いたりもした。

 

 

甲州街道沿いを歩きながら、ここいらで大きなワシでも飛んできて

私の両肩を掴み、目的地まで連れてってくれはしまいかと思ったが

それよりもはるかに安全で文化的なものがタクシーなのだと気付いた。

 

 

足がイレギュラーな状態であると、

気持ちも変わるものなのだろうか。

普段は行かないスターバックスに行き、

普段は頼まないカフェモカのトールサイズを頼んだ。

 

 

店員さんから受け取ったカップには

ハブアナイスデイとニコちゃんマークが書かれており

なんとも言えない気持ちになった。

 

 

そんなこんなで結局三日前までびっこを引いて歩いていたが、

ようやく痛みが引いてきた。

 

 

足のせいか知らないが最近は悪夢が多かったが

昨夜の夢は夕日の綺麗な船上でオマール海老に齧り付きワインを飲んでいた。

 

 

今日は無意識に小走りができるほどにまで回復し、

気分も上々である。

 

 

たまに自転車に乗ってジュリーアンドリュースのように歌っている人を見かけるが

こういう時にしたらいいのだろうか。

しかしあれはあれで、私より深刻なイレギュラーな状態であるような気もする。

 

 

 

 

おやすみ日本

 

 

 

 

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溜息山王

9月19日(木)、おーいお茶の夜です。

 

 

9月は時間の流れがとても早く感じる。

もうあと10日ほどで10月ではないか。

この感覚は8月にはなかった。

 

 

「あなたといると時間があっという間ね」という、

誰しも言われると嬉しい文句がある。

9月とはそういう存在なのだろうか。

 

 

友人にため息の似合うやつがいる。

いつも「はぁ」だの「ふぅ」だのいって世を憂いている。

こいつが女であればバストの先端でもつついて

「あっ」なんて言わせてやりたいところだが、

まあそれにしてもなかなか影があって色気のある男なのかもしれない。

 

 

彼にとっての幸福とは、時間が早く流れることであるのなら

この九月は嬉しいものであろうか。

だが別にそうでもないのだろう。

 

 

12もの月があって、四季折々の豊かさがあって、

それでも全てをため息まじりに苦月と呼ぶのでは私には耐えられない。

耐えられないけれど、気持ちはよくわかる。

 

 

先日自転車に乗って隣町に行く際に、

信号待ちでふと道端に視線を落とすと

轢き殺されたアブラゼミがいた。

 

 

もはや原型はほとんどなく、粉々である

それはそれはの様相であった。

 

 

こいつは何日めにふりかけになったのだろうか。

そんなことを思った。

セミは七日の命という。

初日でないのなら、彼らの時間で考えれば恋人もあったろう。

 

 

仮にこいつの恋人が生きていたとして、

彼女はため息をつくのだろうか。

 

 

だがそれはもう一週間ほど前のことであって、

もう誰も苦しまないのである。

 

 

 

おやすみ日本

 

 

 

 

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マジカルミステリーチェアー

8月20日(火)、ハーマンミラーの夜です。

 

 

先日いろんな人に薦められるアーロンチェアという椅子を新宿の家具店に見に行ってきた。

見に行ってきたというか座りに行ってきた。

 

 

この椅子を今まで知らなかったわけではない。むしろ欲しい椅子の筆頭格ではあった。

ただかなり値段もはるし、まあまあ座れる椅子もあるし、

そんなこんなでどこか高嶺の花として遠くから眺めたり絵に描いたり、そういう触れられない椅子だったのである。

だがしれっと訪れた腰痛をきっかけに、とりあえず一回座りに行ってみようと思いついたのだ。

 

 

受付でアーロンチェアはありますか?と尋ねると椅子なら地下に腐るほどありますとのこと。

階段を降りていくとすぐに目に飛び込んできた。

広い店内に客は私だけ。私と無数の椅子。少し恐いくらい椅子がたくさん。ヒッチコックの鳥を思い浮かべて欲しい。

あの鳥が全部椅子である。まあしかしテンションの上がる空間である。

 

 

とりあえず目に付いたものから座っていくと軒並みいい。もちろんアーロンチェアだけではない。

いろんな椅子がすべて魅力的、もはやスターダストプロモーションである。

 

 

なかでもエルゴヒューマンの腰にクッションがあるタイプの椅子は最高だった。

腰のところだけミシュランマンみたいにぽっこりと出ていてこれが猫背の私の背骨を優しく受け止めてくれるのだ。

背もたれに体を預ければもう戻ってこれないくらい気持ちよかった。もうこのまま死んでもいい。さようなら。

というところで店員さんに声を掛けられた。

 

 

そこからは愛想のいい店員さんによるマジカルミステリーチェアーである。

エルゴヒューマンはゆったり座れてとてもいいけど、お仕事用なら前傾できるアーロンチェアのほうがいいかもですよ、

アームレストがあるとないとで結構違いますよ、次はこちらの座ってみます?これは日本の椅子で、とてもいいですよ...

 

 

 

あと5分いたら買っていたと思う。

腹が決まったらまた伺います。

 

 

 

おやすみ日本

 

 

 

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