米が炊けるまでの話
湯河原

12月2日(月)、オレンジジャムの夜です。

 

 

11月の暮れ、20余年振りに家族旅行に行ってきた。

場所は湯河原。温泉宿に一泊である。

 

 

両親には内緒で計画を立て、驚かしてやろうと姉から提案があったのが8月。

9月に行こうという話であったが宿を探し始めたのは10月。

亀のようなスピードで話を進め、

結局宿が決まったのが11月という体たらくである。

 

 

しかし結局の11月ではあるが季節は紅葉。

なにか我々の目に見えない力が20余年振りの家族旅行に花を添えた感もあり、

随分と久しぶりに浮足だった。

そんな私よりも浮足だったのが他でもない姉。

宿を予約し日取りが決まると早速サプライズを忘れ両親に連絡。

母は電話越しでまだ一ヶ月ばかり先の旅行に興奮して眠れないと子供のような事をいい、

結局は家族一帯が浮足立っている事に気がつき冷静さを取り戻して当日を待った。

 

 

迎えた当日。雨予報だったが東京駅でこだまに乗り、新横浜に着くと日が差してきた。

そして小田原でまた雨が降り出し、熱海でまた日が差してきた。

女心と秋の空と謳ったのはこだまの乗客かもしれない。

 

 

14時半、湯河原駅に集合という事になっていた。

ところが朝から母と連絡が取れず、姉に聞くも音信不通だという。

母は姉の結婚式当日に原因不明で死にそうになった過去がある。

楽しみにしすぎるとなぜか死亡フラグが立つ事を思い出した。

 

 

そうしてモヤモヤしながら熱海駅にまもなく到着というところで

母から「まもなく熱海です」とラインが入る。

母は生きていた。そして同じ新幹線に乗っていた。

東海道線に乗り換え、程なく一行は湯河原駅に着いた。

 

 

宿から送迎バスが呼べるとの事だったが

30分程かかるというのでタクシーで向かう事に。一台では乗り切れないというので

先に父と私以外を乗せ、次のタクシーに父と私が乗った。

しかし数分後、先に宿に着いたのは父と私であり、

これが今年最大のミステリーとなった。

 

 

部屋の窓からは中庭の紅葉が見渡せた。雨がまた降り出していたが雨も滴るいい紅葉であった。

自然と自然の掛け合わせが不自然になることはない。

冷蔵庫に瓶ビールが2本入っていた。備え付けの電話の9番を押すと瓶ビールでも何でもすぐに持ってきてくれた。

9番を3回ほど押した頃に夕食になった。

なんともお洒落な量の料理をいただき、それでも品数が多いのでとてもお腹が満たされた。

 

 

姉が「9番を押すと別料金で和牛サーロインステーキも持ってきてくれるよ」と言ったが

その言葉は窓を開けて中庭に逃がす事にした。

 

 

瓶ビールを6本飲んだ父はメインの温泉に入らずに早々と就寝。その後3時に起きて入ったらしい。

私は夜中の12時半に入った。他に人は居らず約一時間、貸切状態。

おちんちんを振り回した。

部屋に戻ると布団に入り、ここではとてもいえない夢を見てあさが来た。

 

 

翌日、私は一人熱海に残ってMOA美術館に行った。

国宝の色絵藤花文茶壺を見てきた。

この壺はどこから見ても構図に破綻がない、完璧な壺だという。

 

 

昨夜、家族が寝静まった後に窓際のテーブルで姉と少し話をした。

超能力が使える気がするだとか、

インスタグラムってこわいね、とか。

37歳と34歳が声を押し殺して笑っている。

座敷を見渡すと人数分の布団が敷かれ、各々が寝ている。

やたら寝相のいい父。10分に一回起きる甥。寝相の悪い姪。その姪に頭を蹴られて起きる母。

これはこれで、完璧だった。

 

 

おやすみ日本

 

 

 

 

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