米が炊けるまでの話
高揚完

1月18日(土)、イミテーションレインの夜です。

 

 

最近夜はNHKラジオ第一を聴いて仕事をしている。

20時くらいだろうか。青春アドベンチャーという30分のラジオドラマがある。

これはおそらく私が中学生の頃からやっているんじゃないかしら。

 

 

当時はCDコンポが主流で、私もケンウッドのいかしたヤツを持っていた。

そのいかしたヤツからこの青春アドベンチャーというフレーズを聴いた覚えがある。

 

 

なんだか人ってどうでもいい事ばかり覚えているものね。

逆に覚えておきたいものは頃合いを見てどこかに行ってしまうのに。

 

 

話は変わって、先日友人から夜中のファミレスで色気の出し方を考えていたが一向に見当がつかないとメールが来た。

夜中のファミレスはすごく考えている人か何も考えていない人しかいないものだから、

考える場所としては正解な気がするが、問題の正解はそう簡単には出ない。

そこで私もこの場で考えることにした。

 

 

私が思うに、そもそも色気とは出すものというか出るもの、出ちゃうものであるから、

要するに屁と一緒である。

こんなこと友人に言ったところで「は?」なのは目に見えるのだが、

そこは「へ?」と言ってもらいたい。

 

 

最後の話。今朝は雪が降った。

子供の頃は前日の天気予報で雪だと分かると翌朝が楽しみだった。

そうして翌朝カーテンを開けて真っ白な世界を見るとなんとも言えぬ高揚感があった。

今は楽しみどころかため息すら吐いてしまう。

あの高揚感もいつしか雪と共に解けて消えてしまったのだ。

高揚感の終い、高揚完なるものである。

 

 

雪は寒ければ降ってくるが、高揚感は降ってはこない。

どうしたらあの時のあの感覚をもう一度体感できるだろうか。

しかしこれも色気同様、夜中のファミレスでいくら考えようが一向に見当がつかないだろう。

 

 

時間の経過と共に失う感情もあるということだ。

 

ただ自分としては、空から降ってきたものにいつまでも心を奪われていたかったと思う部分がある。

と同時に、大人になってまでそんなものに心を奪われていては生きていけないだろうと思う部分もある。

 

 

なんにせよ今朝の雪に対する自分は

窓から一瞬眺めてカーテンを閉め、心温そのままに室温を上げるというものであり、

あの頃の自分が見たらショックで熱を出すような行動なのかもしれない。

 

 

でも本当のところある意味熱を出したのは今の私であって、

だからこうして熱冷ましに文章を書くに至っている。

これはこれで一つの高揚感として、大切にしていきたいものだ。

 

 

 

おやすみ日本

 

 

新夜便 comments(0) -
Comment








<< NEW | TOP | OLD>>