米が炊けるまでの話
名無しの1500マイル

9月23日(月)、シベリアンハスキーの夜です。

 

 

敬老の日の夕方16時、母親から電話があった。

あちらからかけているのに怪訝そうな声である。

 

 

私は母親からの電話には大体嘘をつく。

いつからかは忘れたけれど、普通の会話をしていても

身体の具合はどうなんだ、金や米はあるのかとつまらないので

あほみたいな事を言って笑わせようということになった。

 

 

だからどこにいるんだと聞かれたらパリと答え、

何を食べているんだと聞かれたらバラの煮浸しだと答え、

金はいくらあるんだと聞かれたら香港に100万ドルあると答える。

 

 

今こうして書き起こしてみると恥ずかしいほどつまらないのだが、

このせいぜい二、三分のやりとりに母親はとりあえず笑う。

 

 

そんな母親の怪訝そうな声がこう話し出した。

 

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだけれどもね、あんた、何かうちに送ったりしてないよね?」

 

 

その後の内容はこうである。

 

 

午前中にアマゾンからとある荷物が届いた。

包装紙に「ありがとう」と書かれてある。

しかし差出人は不明であると共に、宛名の母親の名前(漢字)が間違っている。

なんだかこわくて開けられない。

 

今日は敬老の日だから誰かが好意で贈ってくれたものかもしれない。

しかし、一体誰なのだ。

家族が私の名前を間違えるはずはないからよその人だろう。

 

 

だがよその人から敬老の日に「ありがとう」とメッセージ付きのプレゼントをもらうほど

私はなにか親切をした覚えがない。

とりあえず心当たりがないにしろ、もしかしたらの人に連絡を取ってみよう。

ここも違う。ここも違う。ここも違う。

 

 

あぁ夕方になってしまった。とりあえずあいつにも確認してみよう。。

 

 

ということで、私にかかってきた。そう、真犯人の私に。

 

 

敬老の日の前日、新宿に行くまでの中央線の中でアマゾンにアクセスし、

商品を選び、送り先の住所を入れ、名前を入れた。

よく確認せずに最初に変換された漢字のまま、私は決定ボタンを押し、

その後ラインをタップ。

 

 

「ばあさんと仲良く食べてください」と打とう思ったのだが

なんとなくまあいいやとそのまま閉じた。

 

 

差出人を見れば意図がわかるだろうと思っていたのだが、

まさか設定しないと相手側に私の名前が表示されないとは知らなかった。

 

 

謎の解けた母親はほっとしたような声に戻ったが

名前を間違えられたのが腹に据えかねたらしい。

一言「バーカ」と言われて電話が切れた。

 

 

敬老の日、アマゾンも困惑する親子のやりとりである。

 

 

そしてハッと思った。

今こそ嘘をつけばよかったと。

 

 

 

おやすみ日本

 

 

 

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カカトオキシトシン

9月21日(土)、ウッチャンナンチャンの夜です。

 

 

8月の暮れ、自転車走行中にバランスを崩し、

転ぶものかと踏ん張ったところ足の踵をひどく打った。

コンクリートに思い切りかかと落としをしたようなものだ。

これが痛いのなんの。

 

 

 

すぐに湿布を買って貼り付けたが

一週間ほど経っても痛みが引かず、

むしろまともに歩けないほどになった。

 

 

私はイラストレーターなので仕事の大半は自宅でできる。

しかしこう言う時に限って出歩く用事があったりなんかして、

ひぃひぃ言いながら三日連続で新宿に出向いたりもした。

 

 

甲州街道沿いを歩きながら、ここいらで大きなワシでも飛んできて

私の両肩を掴み、目的地まで連れてってくれはしまいかと思ったが

それよりもはるかに安全で文化的なものがタクシーなのだと気付いた。

 

 

足がイレギュラーな状態であると、

気持ちも変わるものなのだろうか。

普段は行かないスターバックスに行き、

普段は頼まないカフェモカのトールサイズを頼んだ。

 

 

店員さんから受け取ったカップには

ハブアナイスデイとニコちゃんマークが書かれており

なんとも言えない気持ちになった。

 

 

そんなこんなで結局三日前までびっこを引いて歩いていたが、

ようやく痛みが引いてきた。

 

 

足のせいか知らないが最近は悪夢が多かったが

昨夜の夢は夕日の綺麗な船上でオマール海老に齧り付きワインを飲んでいた。

 

 

今日は無意識に小走りができるほどにまで回復し、

気分も上々である。

 

 

たまに自転車に乗ってジュリーアンドリュースのように歌っている人を見かけるが

こういう時にしたらいいのだろうか。

しかしあれはあれで、私より深刻なイレギュラーな状態であるような気もする。

 

 

 

 

おやすみ日本

 

 

 

 

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溜息山王

9月19日(木)、おーいお茶の夜です。

 

 

9月は時間の流れがとても早く感じる。

もうあと10日ほどで10月ではないか。

この感覚は8月にはなかった。

 

 

「あなたといると時間があっという間ね」という、

誰しも言われると嬉しい文句がある。

9月とはそういう存在なのだろうか。

 

 

友人にため息の似合うやつがいる。

いつも「はぁ」だの「ふぅ」だのいって世を憂いている。

こいつが女であればバストの先端でもつついて

「あっ」なんて言わせてやりたいところだが、

まあそれにしてもなかなか影があって色気のある男なのかもしれない。

 

 

彼にとっての幸福とは、時間が早く流れることであるのなら

この九月は嬉しいものであろうか。

だが別にそうでもないのだろう。

 

 

12もの月があって、四季折々の豊かさがあって、

それでも全てをため息まじりに苦月と呼ぶのでは私には耐えられない。

耐えられないけれど、気持ちはよくわかる。

 

 

先日自転車に乗って隣町に行く際に、

信号待ちでふと道端に視線を落とすと

轢き殺されたアブラゼミがいた。

 

 

もはや原型はほとんどなく、粉々である

それはそれはの様相であった。

 

 

こいつは何日めにふりかけになったのだろうか。

そんなことを思った。

セミは七日の命という。

初日でないのなら、彼らの時間で考えれば恋人もあったろう。

 

 

仮にこいつの恋人が生きていたとして、

彼女はため息をつくのだろうか。

 

 

だがそれはもう一週間ほど前のことであって、

もう誰も苦しまないのである。

 

 

 

おやすみ日本

 

 

 

 

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